明治以来のロングセラー喉飴「浅田飴」で「シュガーレスの甘さ」を味わう(2021.07.21)

浅田飴シュガーレス

昔ながらのロングセラー製品が、案外現代のオトコにもマッチしていたりする。

筆者はメンズビューティーで仁丹、丹頂チック、柳屋ポマードと「温故知新」の製品を紹介した。

今回は『浅田飴』について取り上げたい。この浅田飴は明治に発売されたものだが、時代と共に進化したものでもある。

これを自宅の机の隅に置いてみよう。

最初は水飴状だった!

浅田飴は明治20年、かつての幕府御典医だった浅田宗伯の処方箋を基に開発されたものだ。売り出したのは堀内伊三郎という人物である。

当初は『御薬さらし水飴』という商品名だったものを、『浅田飴』としたのは伊三郎の長男・伊太郎である。が、ここでは「水飴」という部分に注目していただきたい。

そう、この頃の浅田飴は水飴状だったのだ。

伊太郎は「良薬にして口に甘し」というキャッチコピーを考え出した。もちろんこれは「良薬は口に苦し」の諺を意識したものだ。

咳や風邪に効き目のある浅田飴は、決して苦い薬ではない。

さらに伊太郎はカラフルなイラストを入れたチラシを印刷し、大々的な宣伝を打った。

しかし、浅田飴は水飴状のため食べづらく、携帯にも不便だった。そこで伊太郎は浅田飴の固形化に着手。

大正15年には、現在の製品とほぼ同様の碁盤状の浅田飴は発売される。

「シュガーレス」に活路を見出す

それから約50年後、日本人はそれまで遭遇したことのなかった「飽食の時代」に突入する。

日本は1970年代に入ると、突如食生活が豊かになった。スーパーマーケットという新しい形態の大型店舗が肉や卵、果物、スナック菓子、白砂糖を安価で大量に売り出した。

さらにファストフード店の登場で、若者たちは路上で歩きながら食事をするようにもなった。

浅田飴を製造する株式会社堀内伊太郎商店(当時)の社長は3代目堀内伊太郎。彼は飽食の時代に合わせ、浅田飴に大量の糖分を加えるようになった……というわけではない。

むしろ逆に、砂糖を使わない新商品の開発に力を入れるようになる。

食の欧米化で、脂肪や糖質の過多が問題になると3代目伊太郎は見込んでいた。そして実際にその通りになった。恐るべき先見性である。

無論、浅田飴にもシュガーレス化が及ぶ。平成15年に『シュガーレス固形浅田飴』を発売し、この老舗商品は極めてユニークな形で時代に対応した。

これくらいの甘さがちょうどいい!

浅田飴シュガーレス

『固形浅田飴クールS』を実際に食べてみよう。

シュガーレスを掲げているだけあって、甘さはやはり控えめだ。……いや、現代人の舌には甘さ控えめに感じると書くほうがより正確か。

上に書いた通り、日本人は70年代から白砂糖の甘さに慣れ切ってしまった。言い換えれば、これくらいの甘さが人間にとってはちょうどいいのかもしれない。

浅田飴シュガーレス

食べ終えると、口内に残るのは喉飴特有の清涼感。薬効に関しての言及は控えるが、用法・用量を守る前提で読者の皆様にもこの浅田飴を味わっていただきたいと思う。

これが「大人の味わい」なのだと、筆者は感じた。

円形の缶も収納しやすく、携帯に向いている製品だ。

関連情報

浅田飴公式サイト
https://www.asadaame.co.jp/

固形浅田飴クールS
https://www.asadaame.co.jp/medicine/asadaame_c.html

 

その他の情報はこちら

 

男前度が上がったら記事をシェア!
Men’s BeautyのSNSはこちらからフォローできます